愛を騙る暴力


※半蔵×夜助

強姦事後/暗い



 虚に、虚に、脳が溶かされている。まるで誰かに滅茶苦茶掻き回されてしまったかの様に、思考が殆使い物にならない。元はと言えばそう、全ては己の油断が招いた事だったが。


──瞳を薄らと開け、熱により白む視界の中でも必死に意識を手放さぬ様にと強く畳に爪を立てた。指先にすら力の入らぬ今となっては、それもまるで地を掻くような些細な物でしかなかったけれど。

 ああ、莫迦だった。浅はかだった。否、驕りもあるか。とは言ってもまさかとても ……否まともであるならば尚更、思う訳ないだろう。身近な弟弟子が自分に「欲情」するなんて事。


「ねぇ、旦那、夜助の旦那……?大丈夫?ちゃんと呼吸しないと。辛いのはあんただよ」

 何度目かの絶頂の波を超え、乱暴に注ぎ込まれた快楽の中で、最早精神的にも身体的にも夜助には限界だった。

 労わるように嫌に甘い声色が耳元で囁かれ、鼓膜に絡み付いてくる。同時に、耳に掛かる半蔵の吐息に反応して、背筋に走る熱が是又煩わしく、腹ただしい事。こんな感覚知らないし、知りたくもないのだ。それも、自分の弟に与えられた物であるとすれば、尚更。

 畳に爪を立てる自分の手の上に己の手を被せ、さも恋人の手を握る様に、優しく包んでくる。普段であるならば、払い除けている所だ。それどころか殴り飛ばして、肋の1.2本でも折ってやっているだろう。それができぬからこんなにも口惜しいのだ。

……ッ、……

 身体を被せ、彼から頸に口付けを落とされる。くすぐられる様な感覚にこくりと息を呑み、何かと悪態を吐こうにも声が出ない。こんなにも身体に力が入らないのでは、今更どうせ何を吐こうが意味とて持たないだろうが、それでも、掠れてしまい、何度も息を呑んだその口を漸くの思いで開いては、言葉を紡ぎ出した。

……ッ、許して貰えると、思うなよ」

 怒りを込めて威嚇をする様に、低く。直後、頭上からくすくすと嫌な笑い声が降ってくるのを聞いて、何も状況は変わらぬのだと再確認する。重い体を起こそうと腕に力を入れるが、頭がくらくらとしてそれすらも叶わないのだから嘆かわしい。なんて、無様な様なのだろう。

「ははうん、だよねぇ。許さなくて良いよ。ごめんね、旦那」


 今更そんな謝罪聞きたくもない。どんな気持ちでこの男が自分に手を下してきたのか、そんなこと考えるだけでも頭が痛いのに。それなのに触れてくる彼の手は嫌に丁寧で甘やかで、その意味を、如何しても考えざるを得なくなる。

 もう少し莫迦であったならこんな思考、放棄出来た筈なのだが。

「だからさ……今だけで良いよ。俺の事ちゃんと見てよ」

 その言葉を皮切りに体が回転して、天井と、自分を見下ろす半蔵が視界に入ってくる。好き勝手された身体はもう限界だし、視界は熱にぼやけて、こんな薄暗闇の中では最早彼の顔などよく見えないけれど。……それでも自分は、やはりこの男の兄上なのだろう。声色を聞くだけで、理解りたくもないのに、理解ってしまう。

 こいつは、後悔をしている、と。


「どうせアンタは、こうでもしないと俺を見なかったんだから」


 そう耳に届く彼の声は、いつもの様に癪に障る、緩く閉まりのない声色だったのに。その背後に感じる半蔵の歪んだ欲求を、飢えを、本心を、敏感に感じ取ってしまう自分がいるのが憎らしい。

 どうしても思い出してしまうからだろう。あの日自分達を捨てた、嘗て兄とさえ呼べた「あの男」の言葉に、あまりにも酷似しているからこそ。


「応えてくれ」と、言うのか。こんな身勝手な行為に及び、よもや自分がそれを肯定すればよかったのだ、とでも言うつもりなのか。

 我が弟ながらさもしいザマだ。そんな感情、自分にこうして宛てがわれても迷惑でしかないし、理解したくも無い、理解もできない。斯てどうしろというのか、自分にそれに応える術が無いのを知っているのに、コイツは。


ああ、視界が暗転していく。

   その内糸が切れた様にぷつりと意識が途切れると浮遊感と共に思考が静寂に包まれた。手先を握る彼の体温と、体奥深くに植え付けられた、歪んだ愛の熱を感じて、そのまましじまの中を飛んでいく。


──熟、長く共に居すぎたのだと思う。

 例え斯様なことをされても、安易に切り離せない程度には、面倒な事に彼との関係は雁字搦めに絡みついている。これが兄弟という関係を騙る呪いなのかは、夜助には解らないけれど。

 唯一つ、愛が時に暴力となると言うことを、自分は身を以て知っているのだ。半蔵にせよ「あの男」にせよ、行き場を無くした愛を斯くも押し付けてくる事程……苦痛になる事は無い。特にこの様に歪んでしまった、身内愛を含む愛欲こそ、安易に切り離せないが為に、厄介なのだ。


 だからこそ、もう触れたく無いとさえ思う。

2度と自分が血迷って「それ」に期待してしまわない様に。今度こそ、絶対に。